ポスト・モダニズム時代において、オリジナルからの引用・二次創作・パラレル創作の問題は避けて通れない。ならば翻訳とはなにか、翻訳はどこまで創作の謎に近づき得るのか・・・。英文学者で演劇批評家でもある星隆弘が、『不思議のアリス』の現代的新訳に挑む!。文学金魚奨励賞受賞作。
by 星隆弘
第8章 ハートの女王のクロッケー場!
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大きなバラの木が一本お庭の入り口近くに立ってた。白バラの木。でもそれを3人の庭師がせかせか赤く塗り直してる。さてはワケありだなーと思って様子を伺いながらそばによってみると、ちょうど庭師の一人が「おい5番気をつけろ、ペンキがおれにもかかったぞ!」って言ってて。
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「おれのせいじゃねえ!」5番もムスッとして言い返したけど。「7番の肘がぶつかったんだ」
7番も顔を上げた。「出た出た5番、おめえはいつもなにかっていうと人のせいにしやがる!」
「うるせえ!」と5番。「つい昨日だっておめえ、お妃様がおめえのこと打ち首もんだって言ってたそうじゃねえか」
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「おいなにやらかした?」と最初の庭師。
「おめえにゃ関係ねえだろ2番!」と7番。
「ところが7番にゃ奸計アリでよ!」と5番が口を出す。「おれから言ってやろうか。こいつお妃様の料理人に玉ねぎの代わりにチューリップの球根なんか届けやがったんだ」
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それ聞いて7番は刷毛を投げ捨てて「メチャクチャ言うのもいい加減に・・・」と言いかけたところで7番の目とわたしの目がばったり合っちゃって。そのときわたしフツーにつっ立って3人のこと見てたから。
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その瞬間7番は出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。あとのふたりもこっち振り向くと3人で深々とお辞儀をするの。
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「あのーちょっと聞いてもいいですか」おそるおそる聞いてみた。
「どうしてバラを塗り直しているんですか?」
5番と7番はだまったまんま2番のほうを向く。2番は口を開くと声をひそめて言う。
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「どうしてって、見ての通りだよおじょうさん。ここには赤いバラの木がなくちゃならねえんだけど白バラの木を植えちまってよ、手違いで。もしこれがお妃様にバレたらおれたち3人そろって打ち首にきまってる。だからよおじょうさん手を尽くしてごまかさねえと、お妃様にみつからねえうちに・・・」
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そのとき不安そうに庭をキョロキョロ見渡していた5番が「きたぞ、お妃様だ!」と声を上げた。そして3人は一瞬でぱったり腹ばいになって顔を伏せる。わたしはたくさんの足音が聞こえてくる方に振り向く。お妃様を見たくてワクワクしてた。
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先頭は棍棒を持った兵隊10人。姿かたちは3人の庭師とそっくりな長方形でペラペラしてる。その四隅から手足がにょきっと生えてる感じ。その次は宮廷の家臣10人で、この人たちは全身ダイヤで飾り立てていた。二列になって行進するのは兵隊とおんなじね。
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その後に続くのは王族の子どもたちかな。まだちっちゃい子どもたちが10人、楽しそうに飛び跳ねて歩いてる。二人一組でならんで手をつないで、衣装はハートの飾り。その後はご来賓のみなさま。だいたいよその国の王様や女王様みたいなんだけど、そのなかにあの白ウサギもいた。
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そわそわ緊張しながらおしゃべりしてて、なにを話しかけられてもヘラヘラ笑ってた。わたしのこと気づきもしないで行っちゃった。その後に続くのがハートのジャック。真っ赤なビロードのクッションに乗せて王冠を捧げ持ってる。そしてついに行進の最後部にハートの王様とお妃様!
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ところでわたしも庭師みたいに腹ばいになって顔を伏せなきゃいけないわけ?
でもそんな行進のルール聞いたことないし、それに行進する意味なくない?もしみんなが顔まで伏せて這いつくばってたら、誰も見てくれないのに。だからわたしはその場に立ったままでいた。
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行進がわたしの前までくると、そこでピタッと立ち止まってみんながわたしを見る。お妃様がツンツンした調子で「此奴は?」ってハートのジャックに聞く。でもジャックはお辞儀してニッコリ笑い返すだけ。
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「阿呆!」
お妃様はイライラして顔をあげた。それからわたしに振り返って言うの。
「小娘、名はなんと申す?」
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「畏れながら、わたくし Alice♡@ALICEs_wndrland と申します」
ばっちりお行儀よく答えてから聞こえないように独り言。「なーんだ、全員合わせてトランプ一組、恐るるに足らず!」
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「して此奴らは?」とお妃様。庭師3人のこと聞いてるみたい。3人ともバラの木のまわりに突っ伏したままなんだけど、うつ伏せだと背中の模様が他のトランプたちとおんなじなの、だから3人が庭師なのか兵隊なのか宮廷家臣なのか、それとも自分の子どもたちなのか、お妃様にも見分けがつかないわけ。
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「わたしに聞かないでよ」って言っちゃった自分の度胸にびっくり。「わたし関係ないからさ」
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お妃様は顔を真っ赤にして怒って、わたしのことを一瞬野獣みたいな目で睨みつけたと思ったら突然わめきだした。「首をはねよ!首を!」って。でもわたしが「は?意味わかんない!」って大声できっぱり言い返すとだまっちゃった。
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そこで王様がお妃様の腕に手を添えて、おそるおそる言う。
「まあまあ、ほらみろ、子供の言うことだよ」
お妃様はぷいっと怒って顔をそむけて、ハートのジャックに「此奴らをひっくり返せ!」と命じる。
ジャックは片足でそおーっと気をつけながら3人をひっくり返す。
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「起きよ!」陛下がキンキンする大声でそう命令すると、庭師たちはバッと飛び起きて王様お妃様とそれから子どもたちや他の人たちみんなに次々お辞儀をする。
「おやめ!」お妃様がわめいた。「めまいがする!」
それからバラの木に目を向けてこう続ける。「おまえたちここで何をしていた?」
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「畏れながら」と2番が口を開く。すごーくへりくだってる。片膝ついて続ける。「我々はどうにかその・・・」そしたら「もうよい!」ってお妃様。バラの花はもう点検済みだった。
「此奴らの首をはねよ!」
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行進がまた動き出す。その場には兵隊が3人残ってかわいそうな庭師たちを処刑する気みたい。庭師たちはわたしのところに駆け寄って助けを求めてきた。
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「だいじょぶ、首をはねさせたりしないから!」
わたしそう言って近くにあった大きな植木鉢に3人を押し込んだの。兵隊たちは1分か2分うろうろ探し回ってたけど、結局とぼとぼ行進を追いかけて行っちゃった。
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「首ははねたか?」ってお妃様が大声でたずねる。「畏れながら首はもうありません!」兵隊たちも大声でこたえる。「よろしい!」お妃様は大声で言う。「おまえ、クロッケーの心得は?」
兵隊たちはだまったままわたしのほうを見た。明らかにわたしに聞いてる。だから「あります!」って大きな声で答えたの。
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「ならばついて参れ!」お妃様がそう怒鳴るから、わたしも行進に混ざることになった。次は一体なにが起こるんだろうって考えていると「その・・・まったく、いい天気ですな!」って隣の人がおそるおそる声をかけてきた。白ウサギだった。心配そうにわたしの顔をチラチラのぞいてる。
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「まったくよね」とわたし。「公爵夫人はどこにいるの?」
そしたらシー!シー!って白ウサギがひそひそ声であわてだす。肩越しにあたりをキョロキョロ見て、それから爪先立ちになってわたしの耳元でささやいた。「死刑宣告を受けたんだ」
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「なにしでかしたの?」とわたしが聞き返したら「なげかわしいですの、だって?」と白ウサギ。「ちがうちがう、なげかわしいなんてちっとも思ってないから。なにしでかしたの?って聞いたの」
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「公爵夫人がお妃様をビンタしてしまって・・・」
白ウサギがそんなこと言い出すからわたしプッて吹き出しちゃった。白ウサギはシーッ!って声をひそめてビビりまくってる。「お妃様に聞かれたらどーする!公爵夫人は大遅刻をやらかして、それでお妃様が・・・」
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「位置につけ!」お妃様の雷みたいな怒鳴り声。とたんにみんなあっちこっちに走り出して、ぶつかったり転げ回ったり。でも1分か2分かするうちにはそれぞれの位置について、クロッケーの試合が始まった。
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わたしいままであんなおかしなクロッケー場見たことない。全面でこぼこなの。クロッケーのボールは生きてるハリネズミ。木づちも生きてるフラミンゴ。兵隊が二つ折りになって手と足で四つん這いになったのが、ボールを通すアーチ。
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まず難しかったのがフラミンゴの扱い方。足はぶらぶらさせたまま胴体をぴったり脇の下に抱え込むまではいいの。でも、首をしゃっきり伸ばして、頭を振ってハリネズミボールを打とうとするたびにフラミンゴが首をひねってわたしの顔を見上げるの、それがすごく複雑な顔してるから思わず笑っちゃう。
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フラミンゴの頭を下げさせてもう一回構えるとね、今度はハリネズミが丸まっててくれないのが頭にくる。すぐチョロチョロ逃げ回るんだから。それにさ、どこに打とうとしたって、でこぼこしかないし、二つ折りの兵隊たちは起き上がってどっか別の位置に移動してばかりいるしさ。
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ああ、これは厳しい戦いになるなって、わたしもさすがに察するよね。
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他の選手はみんな一斉に打ち始めて順番を待ちもしないし、なんかそこら中でモメてるし、ハリネズミを取り合ってケンカもしてる。まだ始まったばかりなのにお妃様はカンカンでじだんだ踏んで「此奴の首をはねよ!」「彼奴の首をはねよ!」って怒鳴りっぱなし。1分だってだまっちゃいない。
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わたしもだんだんこわくなってきた。いまのところお妃様とはモメてないけど、いつそうなってもおかしくないし、そしたらわたしどうなるの?ここの人たちみんな打ち首大好きなんだもん、こわすぎ。よくひとりでも生き残ってるひとがいるよね、ほんと!
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だからわたしは逃げ道を探しまわってたんだ。見つからずに出られるか気が気じゃなかったけど。でもそのときヘンなのが空中に浮いてるのに気がついて。はじめは意味がわからなかったんだけど、1分か2分じっと観察しているとそれがニヤニヤ笑いだってわかった。
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「チェシャ猫だ。よかった相談相手になってくれるかも」
そうつぶやくと、「調子はどうよ?」って、口が現れてしゃべれるようになると、いきなり聞いてきた。
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わたしは目が出てくるまで待ってから頷いてみせた。だってしゃべってみたってムダだと思って。耳が現れるまではね。せめて片方だけでも。
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もうちょっと待ってたら顔全体が出てきたから、フラミンゴを手放してクロッケーの試合の様子を話して聞かせた。話し相手ができたのが超嬉しかった。チェシャ猫は、姿を現わすのはこのくらい十分と思ってるみたい。それ以上は出てこなかった。
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「みんなズルばっかりなんだから」話し出したら文句ばっかり出てくる。
「どいつもこいつもケンカばっかりで、それも超うるさいから自分で何言ってるのかも聞きとれてないみたいだし、そもそもちゃんとしたルールなんてないみたいだし、もしあったってだれも守らないだろうけど。ねえ、なにもかも生き物でできてるとどれだけメチャクチャになるかわかる?たとえばね、わたしが次にボールを通さなきゃいけないアーチが、競技場の反対側を歩いてたりするんだよ。あーあ、さっきお妃様のハリネズミをブッ飛ばせるところだったのに。あいつ逃げ出したの、わたしのハリネズミが転がってきたのを見て!」
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「お妃のこと好きかい?」チェシャ猫がささやく。
「まさか」とわたし。「あの人ってマジ・・・」そう言いかけたところで、気がつくとお妃様がすぐそばで聞き耳立ててたから「マジで勝ちはお妃様できまりだろうから、最後まで試合をしてもどうにもならないわね」と続けたら、にっこり笑って行っちゃった。
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「だれと話している?」
今度は王様が近づいてきた。で、チェシャ猫の顔を見つけると目をまん丸にしちゃって。
「これは友達の、チェシャ猫です」とわたし。「紹介させていただけますか」
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「気に食わん顔だな」と王様。「まあどうしてもと言うなら、この手に忠誠のキスをさせてやってもいいが」
「やなこった」とチェシャ猫。
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「無礼者め!」と言うわりにこの王様、「そんな風に見るでない!」ってわたしの後ろに隠れちゃった。
そこでわたし教えてあげた。
「猫は王様を見つめてもよい、そう書いてある本を読んだことがあります。どこにあったか覚えてませんけど」
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「くそっ、取り除かねばならん」王様は覚悟をきめたみたいで、通りかかったお妃様を呼び止める。
「頼むよ!この猫めをどこかにやっておくれ!」
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お妃様が問題を解決する方法っていったら、問題が大きかろうが小さかろうが、ひとつしかないよね。「首をはねよ!」って見向きもせずに命じる。
「処刑人を連れてこよう!」王様は一目散に飛び出していった。
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わたしも戻って試合の様子を見てきたほうがいいかなと思ったの。お妃様が向こうでカンカンになって怒鳴り散らしてたから。すでに3人処刑宣告を受けた人もいるし。理由は自分の順番を忘れていたからだって。
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ほんとはそんなの見たくもないんだけどね。だって試合はもうメチャクチャで、わたしの順番かどうかもわからなくなってたし。でもとりあえず、わたしのハリネズミを探しにいった。
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ハリネズミはだれかのハリネズミとケンカ中だった。人のハリネズミをぶっ飛ばすには絶好の機会なんだけど、一個だけ問題なのはわたしのフラミンゴが庭の反対側まで行っちゃってて、見たところ木に飛び上がろうとしてるみたいで。とても無理そうなんだけど。
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やっとフラミンゴを捕まえて戻ってきたときには、もうケンカが終わってて、ハリネズミは両方ともいなくなってる。まあいいよ。だってこのあたりにいたアーチもみんないなくなっちゃってたし。
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そこでまたフラミンゴを脇に抱え込んで逃げ出せないようにすると、もうちょっとおしゃべりしようと思って友達のところに戻ったんだ。
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でも戻ってみたらびっくり、チェシャ猫のまわりに黒山の人だかり。処刑人と王様とお妃様はなんだかモメてるみたいで一斉にまくし立ててる。まわりの人たちは不安そうに黙って3人を見守ってる。
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わたしが到着したとたん、3人が一斉に詰め寄って結論を出せと迫ってくる。みんな自分の意見を繰り返してるけど、やっぱり一斉にしゃべるから、それぞれなにを言ってるのかちゃんと把握するのが大変だった。
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処刑人の言い分は、首をはねようにも首を切り離す胴体がなきゃできませんってことだった。今まで一度もそんな仕事をしたことはないし、もうこの歳じゃ新しくとりかかる気もないんだって。それに対して、首があるならはねられるだろう、馬鹿げた言い訳ができる身分かっていうのが王様の言い分。
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お妃様の言い分は、今すぐなにかしら手を打たなければこの場の全員を処刑する、だって。(これを聞いてみんなどんより不安になったんだ)
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わたしはこんな返事しか思いつかなかった。
「チェシャ猫は公爵夫人の飼い猫ですから、公爵夫人にどうしたらいいか聞くべきです」
「あれなら牢屋に閉じ込めておる」そこでお妃様は処刑人に命じた。「引っ立てて参れ」
処刑人は矢のように飛び出していった。
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でもね、処刑人が飛び出していったその瞬間から、チェシャ猫の頭がうっすらと消えはじめたの。そして処刑人が公爵夫人を連れて戻ってきたときにはもう、完全に消えて無くなっちゃってた。王様と処刑人はそこら中駆けずり回ってチェシャ猫を探した。他の人たちはみんなクロッケーの試合に戻っていった。
(第08回 了)
* 『アリス失踪!』は毎月09日に更新されます。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■